E' un sorriso oggi  〜今日も笑顔で〜

今この時に感じたこと。書いてます。 いつ書くの?今でしょ^^

家族〜famiglia〜

自分の中で、思っていることを整理したくて。

 

4月13日から急遽父が心不全で入院になり、5月17日には転院のため今までいた病院は退院することになる。

 

この父の入院が、私たち家族、両親、姉との関係を変えた。

 

父が心不全で浮腫もひどく、紹介され入院になった時、もう自分だけでは抱えきれないと思った。

 

それまでは、ここ1年ほど父の毎月の外来の受診には私がついていき、だんだん状態が悪化してきてるのをみてきた。

実家に両親2人で生活してるし、普段私もなかなか疎遠になっていて、4月13日の外来受診の朝、実家に父を迎えに行った時、あまりの浮腫の酷さに、入院になることを直感した。

実際紹介されて、別の病院に入院になったのだけれど。

 

入院生活になり、治療が始まった。

 

私はどちらかというと、父の入院前は、実家からできるだけ離れていた、というか。

避けていた。

幼い頃から思うと、家にいることが安心ではなく、苦痛だった。

両親とも姉とも、一緒にいることが苦痛だった。

だからこそ、早くうちをでたのかもしれない。

私にこどもが初めて産まれても、実家にいたのは2週間。すごく居心地が悪くて限界だった。実家に何ヶ月もいるなんてこと、考えられなかった。

反対に姉は、こどもが生まれる前後数ヶ月実家にいたんじゃないかな。

 

いつの頃からか、両親とは目の前に壁みたいなものを置いて話すようになった。

姉とは、お互い拒絶していて話すことも連絡を取り合うこともなかった。

姉が癌を患い闘病するも、知ったのは数年後母の口から聞いたから。

反対に私が壮絶な子育てをやってきたことも知る余地もない。

 

そして、父の1ヶ月以上の入院で。

父が日に日に動けなくなってきたので、お風呂や食事の介助に仕事の合間にいき、お風呂は入院中1回だけ看護師さんに入れてもらっただけで、あとは全部週2回私が病院のお風呂で父を入浴させた。現在の仕事、介護士で現場にいるので、スムーズにできることが私にとってとても嬉しいことだった。父も喜んでたし。

利尿剤で水分が抜け、骨皮になってきた父の身体をみるのは辛いことだけど・・・。

5月16日に介護認定調査に来てもらい、多分介護度がつくと思う。

まぁ、つかないとこの先困るんだけど。

 

そして一番変わったのは、姉と話すことが多くなったこと。

私は父の身体や先生とのやりとりとか現場で、姉は金銭のことなど細かいことの手配をやってるので、お互いに連絡とりながら、今日は病院に行くだの、父の様子だの、長話をするようになり、今までのギクシャクが完全に払拭された。

その中で、今までのお互いにしらなかったことを知ることになるんだけど。

あとは、病室で両親と姉と私、4人だけで色々話すってことが、最後がいつだったか思い出せないくらい前のことで、今回自然と4人揃って話すことでお互いの思いもわかったし、すごくいい時間が過ごせているきがする。

 

親が入院は大変なことだけど、我が家にとっては家族の絆を修復するいいチャンスをもらったんだなと思った。

両親は年をとり、病気もするようになってくる。

今まで離れていたけれど、親孝行がこれからできるかなと思うようになった。

親孝行をしなさい・・・と我人生の師匠はおっしゃる。

両親がいてこそ、今の自分がここにいるのだから。

 

報恩感謝の思いで、これから親孝行もしていきたい。