E' un sorriso oggi  〜今日も笑顔で〜

今この時に感じたこと。書いてます。 いつ書くの?今でしょ^^

『言葉』は難しい

『言葉と云うは 心の思いを響かして 声を顕すを云うなり』

「言葉」に乗ったその人の『心』が声になって顕れる。

 

同じ言葉でも、発する人の『心』によって響き方も変わってくる。

 

相手を思い、心が声になる時、優しい心と傲慢な心で同じ言葉を発した時、

全く違って伝わるんだと思う。

 

じゃぁその言葉を受けた側、はどう感じるんだろうか・・。

 

 

この『言葉と云うは〜』は、昨日の仕事のトラブルのことを考えていて、ふと、思い出した。

 

トラブルというのは、訪問介護スタッフが、利用者様の家族と話をした際、スタッフは多分、何気なく悪気もなく発した言葉が、ご家族の心を大きく傷つけ、10年以上関わってきたケアが簡単に打ち切りになったときいた。

 

言葉を発するスタッフの心を、受けるご家族。

どんな思いだったんだろう。

ご家族が長い期間の介護に疲れ、へとへとになっているのは知っていた。

ほんとに良く介護をしていたし、私が今まで訪問介護で関わった家族の中で、1番頑張ってきた家族じゃないかと思うくらい。

 

だからこそ、ご家族に言葉を選んで声をかけないといけないのに。

 

一番のケアラーのお嫁さんが、今までやってきたことを全否定された・・と思わせる言葉ってどんなんだろうか。

残念でならない。

 

 

言葉は、見えないけれど、時には鋭利な刃となって相手を傷つけることは多々有る。

 

今問題になっている、いじめもそう。

 

発する側は、悪いことなんて思わずに、受けた側は最悪自殺するぐらいまでおいこまれることがある。

 

言葉を使い、相手に思いを伝えるということ。

簡単なようで難しい。

 

 

言葉、これに音を乗せると音楽になる。

一時期、jazzsingerを目指していた時期もあって、結局あきらめたけれど・・。

 

歌い手の心の思いを全身で発したエナジーを、観客が受ける。

受けた側も、その感動って言葉にはならないくらいだし、幸せな気持ちになる。

その歌がきっかけで、人生がかわることもある。

 

 

コミュケーションツールとしての言葉。

バーバルコミュニケーション(言語的)ノンバーバルコミュニケーション(非言語的)がある。

バーバルコミュニケーションの会話に対し、ノンバーバルコミュニケーションは声や、表情や、振る舞いとかになる。

言葉以上に表情や振る舞いが相手に対し、印象が深く与えることもある。

 

日々学び心を磨き、表に出てくるものがいいものになるようになりたいと思う。

まだまだ・・成長しないとね。